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僕のシコウ

僕のただの“嗜好”であり、同時に“至高”の“私考”。この“思考”は今はまだ“試行”中であるが、僕の“志向”に繋がっている。

夏休みのイギ

8月に入って、完全に夏休みムード。
焼き付けるような日差し、絵画のように立体的な雲、騒がしいセミの声。
名だたる夏の風物詩にも負けずに、僕に夏を感じさせるのは、朝から元気な子供たちだ。
学校が休みだから、はりきって朝から騒いでいる。

 

日本の小学校・中学校・高校には、当たり前のように夏休みがある。
そもそも夏休みがなぜあるのかといえば、生徒が暑くて授業に集中できないかららしい。
たしかに、暑い中で勉強するのはかなり効率が悪そうだ。

 

しかしながら、公立学校のエアコン普及率が、大阪で50%、愛知で15%とまだまだ低い状況にある中、東京ではほぼ100%である。
そうなると、東京の子供には夏休みを与える必要がない気もする。

 

実際、自称進学校ともなると課外活動どころではないほどの膨大な宿題出されていて、
生徒自身も授業やってくれた方が楽と言っている始末である。
小6・中3・高3の受験生が、宿題のせいで自分でやりたい勉強を後回しにしている姿をみると、やるせない気持ちになる。

 

教師の免罪符、親の安心の素としての夏休みの宿題は必要なのだろうか。
宿題を出さないと子供が勉強しないというなら、自主的に勉強する習慣を休みの前に付けさせておけば良いだけだ。
教師の休暇を設けるために夏休みを作るというなら、宿題も出さなくて良い。
特に数学英語はいらない。
夏休みならではの時間の使い方でしかできない自由研究や読書感想文に止めるべき。

 

子供も大人も、夏休みの宿題が終わったか、まだやっていないかにしか興味が世の中は、何かがおかしい。
実際には何をどのくらい学べたかが大切だ。

 

すべての子供が学校の授業では学べないことを学んだ夏休みになることが理想なのではないだろうか。