僕のシコウ

僕のただの“嗜好”であり、同時に“至高”の“私考”。この“思考”は今はまだ“試行”中であるが、僕の“志向”に繋がっている。

哲学カフェ「自分の言葉で語る意味とは何か」

ハンターハンターが連載再開した直後の恒例行事“一気読み直し”真っ最中の、ゆいです。


忙しい中、インカレ哲学カフェサークルonecafeの第130回に参加してきました。参加者は10人、まとめ以外は2グループに分けて対話が進みました。


いつも通り、ルールは、
・専門用語を使わない
・人の話は最後まで聞く
の2つ。


今回のテーマは「自分の言葉で語る意味とは何か」でした。
・虚偽は自分の言葉になり得るか
・経験をもとにしていなくても自分の言葉になり得るか
・語ると話すの違い
・自分の言葉で語っているかは自分が決めるのか
などが主な話題になりました。


今回のテーマでは、必然的に哲学カフェという活動の根幹に近い部分を取り扱うことになりました。
グランドルールでもある「専門用語を使うな」というルールを裏返せば、「自分の言葉で語れ」という意味になるからです。
言葉を発する段階で相手が想定されいるときには、相手に自分の意思をできるだけ正確に理解してもらうための言葉選びをすることになります。
そのオリジナルの言葉選びの結果を自分の言葉と呼ぶのであれば、それは相手の言葉の域で話をすることと置き換えても良いのかも知れません。
専門用語を使う懸念事項として、受け手が理解できないことの他に、誰に責任がある言葉なのかが曖昧になってしまうことが挙げられると思います。
僕の中では自分の言葉と呼ぶには他者から聞いて教わった言葉の意味を理解しているだけでは不十分で、理解から共感の次元にまで昇華するために自分の人生の中に実体験を見つける必要があります。
その行程を省いてしまうと「偉大な◯◯が言っていたから正しい」という対話において取るに足らない発言になってしまう。
咀嚼する方法の一つとして自分自身の経験があるだけで、(今のところ思いつかないですか)他にもあるのかもしれないですね。
ただやはり実体験が伴っていない人の言葉は響かないな。

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今回お邪魔したのは、新宿のルミネ内にあるWIRED CAFEさん。
3分の1程度の席が通路と同化しているのが特徴で、声のボリュームにあまり気を使う必要がないのが嬉しい!
ルミネtheよしもとの真下にお店があって、ライブが終わるたびに満足してテンション爆あがりしてる若者が溢れ出てくるから、負けじと対話を盛り上げがち。

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晴れた休日は新宿御苑に行きたくなりますね。

御苑の芝生に座りながら話した「偏見の基準とは何か」はツイキャスで録音↓が聴けますよ。

cas.st

 

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