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僕のシコウ

僕のただの“嗜好”であり、同時に“至高”の“私考”。この“思考”は今はまだ“試行”中であるが、僕の“志向”に繋がっている。

哲学カフェ「どんな自分を希望するか」

onecafeの第117回「どんな自分を希望するか」に参加してきました。
このテーマ名を見たとき、笑っちゃうぐらい学生が考えそうなテーマだなーと思ったと同時に、学生だけじゃ有益な話し合いできないでしょーって不安にもなりました


どんな自分を希望するかとは、つまり未来の自分に何を望むかという意味であって、本質的なレベルでの話であればまず現状(過去)の自分を正しく理解する必要があるはずです。(女の子の「痩せたい」「彼氏欲しい」レベルの希望なら別ですが。)
しかしながら、学生が自分がどういう人間かを把握しようとするのは、就活が近づいてからが一般的だと思います。
もちろん学生サークルという性質を持つonecafeのメンバーも例に漏れず、参加者の大半である1〜3年生たちの中にも自分を把握している人はなかなか居ないでしょう。


自己分析って必要に迫られないとやらないもんなんですかねー。
まぁやろうとしても精度高く自分を把握するのは難しいけど。※昔に書いた記事を参照


理想的なのは他己分析をしてもらうことです。自分では自分の特徴だとすら感じられていない点を教えてくれることもありますからね。
外から見た自分と内から見た自分のギャップを減らしていく作業は、現状の自分を知りたいのであれば必ず行わなくてはならない過程と言えると思います。


僕自身は、自分大好きで自己肯定感もバカみたいに高いので、そもそも不満と言えるほどハッキリとしたマイナスポイントはありません。
現状の自分と理想的な自分のギャップがほぼほぼ存在しない状態
でも、漠然と変わりたい欲求は確かに存在していて、その具体的方策として頻繁に哲学カフェへ参加している節もあります。
自分じゃ思い付きもしない考えや、日々生活している中では出会わない価値観を知りたくてしょうがない…。
そんなこんなで、"自分に偶然性を引き入れる"行為そのものが、もはや今の自分にとって大事なことになっているかもしれないなーと気づけた回でした。
よくよく考えてみれば、本を読むときも、大きな本屋に行くと自分の興味のある棚ばかり見てしまうから、小さめのブックカフェに行って自分じゃ意図的に選ばないような本を読む習慣もあるな。

自分に不満はないけど満足はしていないみたい。

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 今回、使わせてもらったカフェは、新宿ルミネ2内にあるWIRED CAFE。僕は思考停止でブレンドコーヒーを頼んだけど、アイスのカフェモカが美味しそうでした。

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ワタリウム美術館のセッチオンガクテン

外苑前のワタリウム美術館で開催中の坂本龍一 設置音楽展 async -」に行ってきました!

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坂本龍一は、日本有数の世界を股にかけるミュージシャン兼音楽プロデューサークラシック音楽を根幹に置きながらも民俗音楽や現代音楽の色も取り入れた幅広い音楽性が特徴的です。
戦場のメリークリスマス」で英国アカデミー賞、「ラストエンペラー」でアカデミーオリジナル音楽作曲賞やグラミー賞を受賞したことがよく知られてる気がするー。
近年では「レヴェナント: 蘇えりし者」の音楽制作を手がけたらしい。知らなかった。
音楽活動に留まらず政治思想に基づく社会活動にも積極的で、著作権法改定、電気用品安全法原発、集団自衛権への反対や、森林保全、被災地支援、選択的夫婦別姓制度導入への賛同を行っていることでも有名ですね。その傾向は新宿高校時代からだそう。


今回の企画展は、『アウト・オブ・ノイズ』以来8年ぶりとなるアルバム『async』を存分に楽しめる "設置音楽展"になっています。
このニューアルバムは本人も大のお気に入りで「あまりに好きすぎて、 誰にも聴かせたくない」という思いから、リリース以前の試聴やサンプル盤の配布が一切行われていませんでした。ちょっとヤバいでしょ。


ワタリウム美術館では、坂本龍一が最も信頼するムジークエレクトロニクガイサイン製スピーカーを用いて5.1ch サラウンドを再生するインスタレーション空間を、メイン会場二階に設置しています。

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上映している動画作品は50分以上あるけど、ゼンッゼン飽きずに聴いてられました。
底の薄いクツでいけば、会場の床が揺れるのを感じ取れます。ぶおーーん。
久々に質の高い音に包まれた…。

 

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参考資料の中に暗黒通信団素数表150000個あんじゃんかよw

 

アルバム名である『async』、そもそも読める?
発音記号で表記するとeɪsíŋk、カタカナ表記だとエイシンク。
これは「Asynchronous=非同期」を表すIT用語らしいよ。

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非同期的に分解されて再生成する。そう考えると高谷史郎の手がけた映像の意味もわかってくる…気がする。


B1Fでは、なんと旧作のアナログ盤の試聴ができます

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アナログ盤を再生するのが初めてでも、ちゃんと使い方の説明があるので安心。


基本的には11:00〜19:00。そんな早くいけないよって人も、水曜日は21:00まで開館時間が延長されているので、19:30に着ければ十分楽しめますよ。
入場料は1,000円(学生500円)で、会期中何回でも入場できるチケットが1500円。5月28日までです。


なんかツイッターが乗っ取られてて笑った。

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シネマ哲学カフェ「ムーンライト」

onecafeの第1回シネマ哲学カフェ「ムーンライト」に参加してきました。
onecafeのメンバーには映画好きが多いのに、意外と初のシネマ哲学カフェ。待望のシネマ哲学カフェでした。
アイスブレイクで映画好きあるあるの話ができただけでもホント楽しかったな。
今回は「ラ・ラ・ランド」を押しのけアカデミー賞でメインである作品賞を受賞した「ムーンライト」が題材でした。って言っても題材の映画を選んだの僕なんだけど。

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映画「ムーンライト」は、1人の黒人少年の人生を追いながら自分のアイデンティティと社会の摩擦に葛藤するリアルな人間模様を描いている作品です。
幼少期「リトル」・ティーンエイジャー時代「シャロン」・青年時代「ブラック」の3つに分けて、貧困問題、人種問題、同性愛、麻薬問題など、全米に蔓延する等身大の社会問題をしっかり描写しています。


この映画の特徴は、感情の起伏があまりなく淡々と話が進んでいくところ。
あえて回収しない伏線も多いし終わり方もオープンエンドで、観客に解釈を委ねる部分が多い映画でした。
そのため、観た人の感想もだいぶまちまちだったからこそ、シネマ哲学カフェ向きの映画だったんじゃないかなと思います。

 

僕が一番に感じたのは、差別的なトピックを扱いながらもあえて誇張した表現をしないというリアリティーの追求
人種問題を象徴的に取り上げたいのであれば、黒人だけしかいない地区を題材にするよりも白人のコミュニティーで生きている黒人を描いた方が効果的に違いないし、同性愛の差別を描くにしてもより直接的な表現できたはずです。


この映画の感想としてマイノリティーの差別問題にしか着目しないで発言している人は映画慣れしすぎているように思います。
黒人や同性愛者が出てくれば差別されるという展開が、映画界ではある種の予定調和になっているのは確かですが、その意識自体も差別意識の一部なのではないでしょうか。

 

また良い題材が見つかれば、シネマ哲学カフェやろう!

 

 

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今、六本木にいくなら…

1. ミュシャ
アール・ヌーヴォーを代表する芸術家、アルフォンス・ミュシャの企画展。
ミュシャといえば、美しい女性像や植物文様などを題材とした華やかで洗練されたポスターや装飾パネルを手がけたことで有名です。あの独特なアメコミっぽいけど優美で装飾的な技法が可愛いよね。

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でもでも、今回の目玉は晩年の約16年間を捧げたミュシャ渾身の作品《スラヴ叙事詩》!

およそ縦6m×横8mにも及ぶ巨大なカンヴァスに描かれた20点の油彩画は、古代から近代に至るスラヴ民族の苦難と栄光の歴史を映し出しています。

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20点全部が日本に来るのは初めてのこと。さらに何点かは撮影可能です。

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ラストのスラヴ民族の賛歌が壮大すぎ…。
ミュシャ展は、国立新美術館で6/5まで。


2. 草間彌生展「わが永遠の魂」
世界にも認められている現代美術家草間彌生の日本で久々の個展。

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今回の展覧会では、2009年から草間が精力的に取り組んでいる大型の絵画シリーズ「わが永遠の魂」を中心に据え、一挙約130点を日本初公開されています。

f:id:bokunosikou:20170427011456j:plainまだ作風が固まりきっていない初期作品が観れるのも珍しい。
全面鏡貼りの暗闇の中で無数の小さなライトがきらめく「無限の鏡の間」は誰でも楽しめるだろうな。
もちろん巨大なかぼちゃもあるよ。

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草間彌生展「わが永遠の魂」は、国立新美術館で5/22まで。


3. マーベル展 時代が創造したヒーローの世界
数多くの魅力的なヒーローを生み出したMARVELの魅力を、日本初公開となる貴重な資料を通して紹介する大型総合展。マーベルが辿ってきた歴史が丸わかり。

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なんでか知らないけど、写真撮れるのアイアンマンばっか。

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マーベル展は、六本木ヒルズ展望台 東京シティービューで6/25まで。

もう3階上がって屋上に行くのもいいぞー。

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4. 江戸富士
ミッドタウン開業10周年を記念して「JAPAN, THE BEAUTIFUL」をテーマとした富士山型モニュメントが芝生広場に登場。高さ約6m、幅約23mの馬鹿でかいスケールの屋外インスタレーションです。

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(もうライトアップはやってないってさσ(^_^;))
江戸富士は、ミッドタウン・ガーデン 芝生広場で5/28まで。

 

最近、六本木行き過ぎじゃね?

 

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哲学カフェ「ガスの抜き方」

onecafeの第115回「ガスの抜き方」に参加してきました。
寝る・食べる・お金を使う・人と話すとか人それぞれあるけれど…、ストレス発散方法発表会をしていてもツマラナイので、薄っぺらい話は早めに切り上げました。

 

ストレスは“溜まる”もので、はたまた自発的に“発散”できるものであるという感覚はなぜ共有されているのか
この刷り込み自体なんだか変な気がする。
「いい大人であれば自分に有効なストレス発散方法をもっているべき」とされているのも不健全な社会を象徴している。

ストレスの溜まらない生き方をしている人こそ、本当の大人でしょ。


僕ぐらいの年代だとすぐに「ゆとり世代は軟弱で打たれ弱い」と言われてしまうけど、人間の精神構造がこんなに短期間で急激に変化しているとは考えにくい。
参加者全員が今回のテーマ名からストレスを連想するほど、ストレスはガスのように実態を掴みづらいものであって、今まではその存在を信じること自体が言わば都市伝説信者の印に似たようなものだったのかもしれない
しかし、ストレス性の病気が一般的に認知され始めた結果として、気持ちが弱いというだけで済ませない状況にみんなが気づいたのだろう。


ストレスの認識が浸透しすぎたせいで、無駄に感じ取っているストレスがあるような気がする今日この頃。病は気からって便利でいい言葉だと思うんだけどね。

 

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バベルのトウ

上野の東京都美術館で開催されている「ボイマンス美術館所蔵ブリューゲルバベルの塔』展16世紀ネーデルラントの至宝 ボスを超えて」に行ってきました。

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オランダのボイマンス美術館から、16世紀ネーデルラントの絵画、彫刻、版画など約90点が来日しています。
ネーデルランド美術の細部まで緻密に描き込む技法を十分に楽しめる展示会になっていました。


【見所1】「放浪者」
初期ネーデルランド絵画史において最も特異な存在感を示す大画家であるヒエロニムス・ボスの数少ない現存する作品

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実はもともと三連祭壇画の一部ちょうど左右に開く部分に描かれていたため、よく見ると中央に繋げた跡が見えます。
旅をしながら行商をしている男を構図の真ん中に置いてはいるものの、背景の描写にも細かいこだわりがあることがわかりますね。

 

【見所2】「聖クリストフォロス」
これもヒエロニムス・ボスの作品。

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この絵の中で、聖クリストフォロスは少年を背負いながら、川を渡っている。背景とのサイズを見比べればわかるように、聖クリストフォロスは巨人です。巨人のクリストフォロスは、わが師と頼むものを求めて放浪の旅に出て、王や悪魔に仕えたりしたが、最後にキリストに出会って改心したらしいです。
強い者を自分の主にしたいって、なんかミニオンみたい。


【見所3】「バベルの塔
ピーテル・ブリューゲル1世の傑作で、日本では24年ぶりの公開だそうです。
展示会のタイトルになっていることからもわかるように、今回の目玉中の目玉

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ブリューゲルは少なくとも3回はバベルの塔を題材に絵を描いていて、その中でも最後に描かれた作品がこれにあたります。まさにバベルの塔の集大成ですね。
実際のサイズはそれほど大きくはないのですが、3倍に引く伸ばしても鑑賞できるぐらい緻密な描き込みがされています。
同展示会では、東京藝術大学のArts&Science LAB.が「Study of BABEL」と題して、精巧な複製画やプロジェクションマッピングを公開していて、これも見応えがありました。


バベルの塔の物語は旧約聖書の「創世記」11章に出てきます。
全ての地は、同じ言葉と同じ言語を用いていた。東の方から移動した人々は、シンアルの地の平原に至り、そこに住みついた。そして、「さあ、煉瓦を作ろう。火で焼こう」と言い合った。彼らは石の代わりに煉瓦を、漆喰の代わりにアスファルトを用いた。そして、言った、「さあ、我々の街と塔を作ろう。塔の先が天に届くほどの。あらゆる地に散って、消え去ることのないように、我々の為に名をあげよう」。主は、人の子らが作ろうとしていた街と塔とを見ようとしてお下りになり、そして仰せられた、「なるほど、彼らは一つの民で、同じ言葉を話している。この業は彼らの行いの始まりだが、おそらくこのこともやり遂げられないこともあるまい。それなら、我々は下って、彼らの言葉を乱してやろう。彼らが互いに相手の言葉を理解できなくなるように」。主はそこから全ての地に人を散らされたので。彼らは街づくりを取りやめた。その為に、この街はバベルと名付けられた。主がそこで、全地の言葉を乱し、そこから人を全地に散らされたからである。


ブリューゲルの絵に描き込まれた人物の身長を170㎝と仮定すると、このバベルの塔は510mにもなるそうです。

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ブリューゲルが実際に見たことがある一番大きな建造物がイタリアのコロッセウム(48m)であることから考えると、ブリューゲルのイマジネーションの豊かさが伺えますね。


【見所4】「大きな魚は小さな魚を食らう」
ブリューゲルのボス風の作品。画面の左下に「創案者・ヒエロニムス・ボス」という銘を入れてボスの名声にあやかろうとしていました。

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「大きな魚は小さな魚を食う」という人間社会の弱肉強食を揶揄したことわざが元になっています。
マスコットキャラクター「タラ夫」のモデル。

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上野・東京都美術館では7月2日まで。7月18日〜10月15日、大阪・国立国際美術館で開催されます。ぜひ。

 

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あと、イアコッペのピスタチオまじ美味いからコレも!

 

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哲学カフェ「諦めるのはどんなときか」

4/16、クルミドの朝モヤに初参加してきました!
哲学カフェの名前にあえて哲学カフェを入れないのってオシャレだなー。
クルミドはカフェの名前、朝モヤは9:00〜11:00という時間帯と日々のモヤモヤを話す場所という意味から来ているようです。由来もオシャレ…。
西国分寺の駅から徒歩3分のクルミドコーヒーは有名なカフェで、雰囲気とコーヒーがもうホント最高でした。

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参加者は16人でほとんどが地元民。地域密着型の哲学カフェのようです。
西国分寺にほど近い小金井哲学カフェに参加している方もチラホラ見かけました。
この哲学カフェはなんといっても民度が高い
知識量で殴りあう雰囲気が全くありませんでした。

  • 聞くことに集中する
  • 多様性を楽しむ

というクルミドの朝モヤのグランドルールによるものかもしれません。
独特な雰囲気を常連さんたちは“朝モヤバイアス”と呼んでいるそうです。


もう一つ面白いのは、2時間のうち半分以上の時間をテーマ決めに費やすこと。
当日テーマを決めるスタイルの哲学カフェもちろん存在しますが、テーマ決めにこんなに時間をかける哲学カフェはかなり珍しいと思います。
運営だけで問いを考える楽しさを独り占めせずに、参加者全員に共有していることは、とても良いことでしょう。
参加表明も必要なく“気が向いたら行く”ができるのも、哲学カフェのあり方として理想的で先進的だと思います。


16個ぐらい出た案からみんなで1つに絞って、「諦めるのはどんなときか」をその日のテーマに決めました。


そもそも日本では諦めない美学が共通感覚として存在しているので、“諦める”という言葉には自動的にマイナスなニュアンスが含まれてしまう
“認める”というほど全肯定しているわけでもないし、“許す”ほど上から目線でもない。しっくりくる言葉が日本の日常語に存在しないのかもしれない。


諦めるという言葉を使うときほど諦められていない。
もし本当にきっぱり諦められているのであれば、話題にすら上がらないから。
諦めるという言葉を選んでいる時点で、諦めるべき・諦めたいと思っているときなのだろう。


諦められる、決断できる自由を与えられている状況は、根本的に贅沢だということを忘れてはならない。

 

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終わった後もまだ話し足りない人たちで残って話す文化もあるようです。
深々煎りコーヒーが美味しかった!
また行きます。

 

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