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僕のシコウ

僕のただの“嗜好”であり、同時に“至高”の“私考”。この“思考”は今はまだ“試行”中であるが、僕の“志向”に繋がっている。

哲学カフェ「ガスの抜き方」

onecafeの第115回「ガスの抜き方」に参加してきました。
寝る・食べる・お金を使う・人と話すとか人それぞれあるけれど…、ストレス発散方法発表会をしていてもツマラナイので、薄っぺらい話は早めに切り上げました。

 

ストレスは“溜まる”もので、はたまた自発的に“発散”できるものであるという感覚はなぜ共有されているのか
この刷り込み自体なんだか変な気がする。
「いい大人であれば自分に有効なストレス発散方法をもっているべき」とされているのも不健全な社会を象徴している。

ストレスの溜まらない生き方をしている人こそ、本当の大人でしょ。


僕ぐらいの年代だとすぐに「ゆとり世代は軟弱で打たれ弱い」と言われてしまうけど、人間の精神構造がこんなに短期間で急激に変化しているとは考えにくい。
参加者全員が今回のテーマ名からストレスを連想するほど、ストレスはガスのように実態を掴みづらいものであって、今まではその存在を信じること自体が言わば都市伝説信者の印に似たようなものだったのかもしれない
しかし、ストレス性の病気が一般的に認知され始めた結果として、気持ちが弱いというだけで済ませない状況にみんなが気づいたのだろう。


ストレスの認識が浸透しすぎたせいで、無駄に感じ取っているストレスがあるような気がする今日この頃。病は気からって便利でいい言葉だと思うんだけどね。

 

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バベルのトウ

上野の東京都美術館で開催されている「ボイマンス美術館所蔵ブリューゲルバベルの塔』展16世紀ネーデルラントの至宝 ボスを超えて」に行ってきました。

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オランダのボイマンス美術館から、16世紀ネーデルラントの絵画、彫刻、版画など約90点が来日しています。
ネーデルランド美術の細部まで緻密に描き込む技法を十分に楽しめる展示会になっていました。


【見所1】「放浪者」
初期ネーデルランド絵画史において最も特異な存在感を示す大画家であるヒエロニムス・ボスの数少ない現存する作品

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実はもともと三連祭壇画の一部ちょうど左右に開く部分に描かれていたため、よく見ると中央に繋げた跡が見えます。
旅をしながら行商をしている男を構図の真ん中に置いてはいるものの、背景の描写にも細かいこだわりがあることがわかりますね。

 

【見所2】「聖クリストフォロス」
これもヒエロニムス・ボスの作品。

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この絵の中で、聖クリストフォロスは少年を背負いながら、川を渡っている。背景とのサイズを見比べればわかるように、聖クリストフォロスは巨人です。巨人のクリストフォロスは、わが師と頼むものを求めて放浪の旅に出て、王や悪魔に仕えたりしたが、最後にキリストに出会って改心したらしいです。
強い者を自分の主にしたいって、なんかミニオンみたい。


【見所3】「バベルの塔
ピーテル・ブリューゲル1世の傑作で、日本では24年ぶりの公開だそうです。
展示会のタイトルになっていることからもわかるように、今回の目玉中の目玉

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ブリューゲルは少なくとも3回はバベルの塔を題材に絵を描いていて、その中でも最後に描かれた作品がこれにあたります。まさにバベルの塔の集大成ですね。
実際のサイズはそれほど大きくはないのですが、3倍に引く伸ばしても鑑賞できるぐらい緻密な描き込みがされています。
同展示会では、東京藝術大学のArts&Science LAB.が「Study of BABEL」と題して、精巧な複製画やプロジェクションマッピングを公開していて、これも見応えがありました。


バベルの塔の物語は旧約聖書の「創世記」11章に出てきます。
全ての地は、同じ言葉と同じ言語を用いていた。東の方から移動した人々は、シンアルの地の平原に至り、そこに住みついた。そして、「さあ、煉瓦を作ろう。火で焼こう」と言い合った。彼らは石の代わりに煉瓦を、漆喰の代わりにアスファルトを用いた。そして、言った、「さあ、我々の街と塔を作ろう。塔の先が天に届くほどの。あらゆる地に散って、消え去ることのないように、我々の為に名をあげよう」。主は、人の子らが作ろうとしていた街と塔とを見ようとしてお下りになり、そして仰せられた、「なるほど、彼らは一つの民で、同じ言葉を話している。この業は彼らの行いの始まりだが、おそらくこのこともやり遂げられないこともあるまい。それなら、我々は下って、彼らの言葉を乱してやろう。彼らが互いに相手の言葉を理解できなくなるように」。主はそこから全ての地に人を散らされたので。彼らは街づくりを取りやめた。その為に、この街はバベルと名付けられた。主がそこで、全地の言葉を乱し、そこから人を全地に散らされたからである。


ブリューゲルの絵に描き込まれた人物の身長を170㎝と仮定すると、このバベルの塔は510mにもなるそうです。

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ブリューゲルが実際に見たことがある一番大きな建造物がイタリアのコロッセウム(48m)であることから考えると、ブリューゲルのイマジネーションの豊かさが伺えますね。


【見所4】「大きな魚は小さな魚を食らう」
ブリューゲルのボス風の作品。画面の左下に「創案者・ヒエロニムス・ボス」という銘を入れてボスの名声にあやかろうとしていました。

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「大きな魚は小さな魚を食う」という人間社会の弱肉強食を揶揄したことわざが元になっています。
マスコットキャラクター「タラ夫」のモデル。

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上野・東京都美術館では7月2日まで。7月18日〜10月15日、大阪・国立国際美術館で開催されます。ぜひ。

 

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あと、イアコッペのピスタチオまじ美味いからコレも!

 

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哲学カフェ「諦めるのはどんなときか」

4/16、クルミドの朝モヤに初参加してきました!
哲学カフェの名前にあえて哲学カフェを入れないのってオシャレだなー。
クルミドはカフェの名前、朝モヤは9:00〜11:00という時間帯と日々のモヤモヤを話す場所という意味から来ているようです。由来もオシャレ…。
西国分寺の駅から徒歩3分のクルミドコーヒーは有名なカフェで、雰囲気とコーヒーがもうホント最高でした。

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参加者は16人でほとんどが地元民。地域密着型の哲学カフェのようです。
西国分寺にほど近い小金井哲学カフェに参加している方もチラホラ見かけました。
この哲学カフェはなんといっても民度が高い
知識量で殴りあう雰囲気が全くありませんでした。

  • 聞くことに集中する
  • 多様性を楽しむ

というクルミドの朝モヤのグランドルールによるものかもしれません。
独特な雰囲気を常連さんたちは“朝モヤバイアス”と呼んでいるそうです。


もう一つ面白いのは、2時間のうち半分以上の時間をテーマ決めに費やすこと。
当日テーマを決めるスタイルの哲学カフェもちろん存在しますが、テーマ決めにこんなに時間をかける哲学カフェはかなり珍しいと思います。
運営だけで問いを考える楽しさを独り占めせずに、参加者全員に共有していることは、とても良いことでしょう。
参加表明も必要なく“気が向いたら行く”ができるのも、哲学カフェのあり方として理想的で先進的だと思います。


16個ぐらい出た案からみんなで1つに絞って、「諦めるのはどんなときか」をその日のテーマに決めました。


そもそも日本では諦めない美学が共通感覚として存在しているので、“諦める”という言葉には自動的にマイナスなニュアンスが含まれてしまう
“認める”というほど全肯定しているわけでもないし、“許す”ほど上から目線でもない。しっくりくる言葉が日本の日常語に存在しないのかもしれない。


諦めるという言葉を使うときほど諦められていない。
もし本当にきっぱり諦められているのであれば、話題にすら上がらないから。
諦めるという言葉を選んでいる時点で、諦めるべき・諦めたいと思っているときなのだろう。


諦められる、決断できる自由を与えられている状況は、根本的に贅沢だということを忘れてはならない。

 

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終わった後もまだ話し足りない人たちで残って話す文化もあるようです。
深々煎りコーヒーが美味しかった!
また行きます。

 

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バナナのポテンシャル

バナナジュースがマイブーム!
よく考えると生まれてこのかた不味いバナナジュースなんて飲んだことないし、
バナナジュースという飲み物自体、もしくはバナナという果物自体のポテンシャルってバカ高いんじゃないかって。


あまり知られていないけど、東京の中心部にはバナナジュース専門店がいくつかあるんです。


まず、八丁堀の"そんなバナナ"
初めてなら絶対にこれとお勧めされるプレーンのバナナジュース(380円)。
+20円で豆乳追加、+50円でシリアル追加可能です。
今回はフルグラを追加。

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上を少し飲んでから、スプーンで食べる。
うまぁーーーーーーー。


そして、東銀座の"バナナジュース"
なんの捻り名前こそが自信の表れ。
実はこのお店、幻のお店と呼ばれるほどに開店している日が少ないんです。
決まった曜日にやっているわけでもなく、バナナが完熟したときにだけ開店します。
その日にバナナが熟れているかどうかは公式のツイッターで確認できますよ。
ブランドバナナのジュースは時価で値段が変わるようです。
僕が行った日は、沖縄のもちっ娘バナナが完熟に(350円)!
小ぶりでもちもちした食感で酸味の少ない甘々なバナナです。
さらにチョコクッキー(30円)を追加トッピング。

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うますぎる…。
牛乳とバナナだけでこの味なのか…。
粘度が高すぎて面白いほどに減らないw
一杯飲むだけでお腹に結構溜まります
値段と満足度から考えるとコスパ良すぎ!
スタバのフラペチーノ飲んでる場合じゃないわ。

 

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哲学カフェ「結婚とは何か?」

4/15に行われた西千葉哲学カフェに参加してきました。
まず参加者一人ひとりに自己紹介がてらファシリテーターからの問いに答えてもらうのが西千葉流。
今回のテーマは「結婚とは何か?」だったので「結婚という制度は本当に必要なのか」という問いかけからスタートしました。
"本当に"が少し引っかかりましたが、だいたいの人が必要だと回答していました。


僕の中で結婚は"子供を守るための制度"です。
悪く言えば、人口を増やしたい国家の策略だと思います。
確かに人間は他の動物に比べて子育ての期間が長いため、制度で縛らないでも子供を一人前に育てられる確率を保証できるかといえば、あまり自信がない。


結果として、結婚したいと思う人が結婚できる制度になれば一番良いとは僕も思いますが、条件の緩和とサービスレベルの向上の両立を要求するのは少し贅沢すぎる気もします。


やはり哲学カフェを通してああでもないこうでもないと話しても、結婚をするべきなのはどういう人か行き着く先を一つに決めることはできませんでした。
今や人々の結婚する根拠は僕たちの思っているよりも驚くほど多様化しているようです。


参加者の中には事実婚や任期制結婚をされている珍しい方もいらっしゃって、独自の結婚観を聞くことが出来ました。いい経験になりました。


西千葉哲学カフェは基本的に月に1度の開催ですが、戸谷さんの都合で次回はまだ未定。
頻度を下げるないし違う人にファシリテーターをお願いすることも検討中らしいです。
次回開催を楽しみにしています。

 

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速読のツカイドコロ

速読とは、文を、文章を、本を、早く読み内容を理解すること。
速読法と一括りに語られることが多いが、文の速読法、文章の速読法、本の速読法の間には常にイコール関係が成り立つわけではない。どちらかといえば包含関係の方が適切である。

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そして、本を早く読む方法の中で文章を早く読む方法ではない部分こそが、速読における一番のポイントだと僕は思っている。


自己啓発本やhow-to本の類は、特に速読のしがいがある。
「2割読めば、8割わかる」とよく言われるように、馬鹿正直にすべてのページを読む必要はない。
いちいち読み飛ばすことに罪悪感を覚えていてはキリがないので、買わずに読めるような本屋やブックカフェで読むのがオススメだ。

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どこの2割を読むのか、自分の中でルールを決めておくべきだろう。
ちなみに僕は、前書きと目次は飛ばさずに読む。
それから気になった項目を中心に目を通す。
面白い本だったら、あとがきも読む。
一冊を読むのにかかる時間は、メモをとりながらでも長くて一時間


しかし、小説はそうはいかない。
好きなところだけ読むような本ではないから。
文の速読法を用いることさえ憚れる。


漫才やコント、音楽を早送りしないのと同じように、
小説には決められてリズムや呼吸がある
時間をかけて一字一句を味合うものだ。


速読力を鍛えることは大切だが、使い所を間違えてはならない。

 

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おしゃれハンバーガーはハンバーグへの冒涜論

1904年アメリカで開催されたセントルイス万国博覧会の会場で、サンドイッチのように丸いパンにハンバーグをはさんで売り出したのが、ハンバーガーの始まりである。

同博覧会では、アイスクリームのコーンも登場したことが知られている。
つまり、食器を使わずに持ち運びができるようにすることで、博覧会を見ながら食べられる食べ歩きグルメとして考え出されたことは明らかである。


ハンバーガーは、パンにハンバーグを挟むことで手軽に食べられることを目的とした料理だ。


そういう意味では、マクドナルドやモスバーガーなど価格帯も低く持ち帰りもしやすいチェーン店は、本来のハンバーガーの目的をよく理解している。


しかしながら、最近では、自由が丘や代官山などのおしゃれタウンを中心に、ファストフードから逸脱したハンバーガーが流行っている。
お皿で綺麗に盛り付け、重力に逆らうようなデザイン性を串でなんとか保っている。
もちろんナイフとフォークを使って食べる前提の食べ物である。


お店の席でナイフとフォークを使える状況ならば、普通にハンバーグを食べれば良いのではないだろうか。
おしゃれハンバーガーとハンバーグでは価格帯も変わらないのだから。

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