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僕のシコウ

僕のただの“嗜好”であり、同時に“至高”の“私考”。この“思考”は今はまだ“試行”中であるが、僕の“志向”に繋がっている。

哲学カフェ「ガスの抜き方」

onecafeの第115回「ガスの抜き方」に参加してきました。
寝る・食べる・お金を使う・人と話すとか人それぞれあるけれど…、ストレス発散方法発表会をしていてもツマラナイので、薄っぺらい話は早めに切り上げました。

 

ストレスは“溜まる”もので、はたまた自発的に“発散”できるものであるという感覚はなぜ共有されているのか
この刷り込み自体なんだか変な気がする。
「いい大人であれば自分に有効なストレス発散方法をもっているべき」とされているのも不健全な社会を象徴している。

ストレスの溜まらない生き方をしている人こそ、本当の大人でしょ。


僕ぐらいの年代だとすぐに「ゆとり世代は軟弱で打たれ弱い」と言われてしまうけど、人間の精神構造がこんなに短期間で急激に変化しているとは考えにくい。
参加者全員が今回のテーマ名からストレスを連想するほど、ストレスはガスのように実態を掴みづらいものであって、今まではその存在を信じること自体が言わば都市伝説信者の印に似たようなものだったのかもしれない
しかし、ストレス性の病気が一般的に認知され始めた結果として、気持ちが弱いというだけで済ませない状況にみんなが気づいたのだろう。


ストレスの認識が浸透しすぎたせいで、無駄に感じ取っているストレスがあるような気がする今日この頃。病は気からって便利でいい言葉だと思うんだけどね。

 

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